吉元由美さんの「LIFE ARTIST」がはじまります
ほぼ20年前の夢のクラスの生徒さんだった吉元由美さんが、
またまた彼女らしい表現で彼女の思うところを形にしました。
女性の時代がはじまると言いながら、
現状からイメージ出来るこれからの「女性性」はなかなか実感が伴いません。
男性原理で動いて来たこれまでを否定して切り捨てるのではなく、
受容の感性を磨きこれからを作って行くには、
そこに「美」への徹底的な悦びと遊び心を体験することで生まれるでしょう。
この世にいることを楽しみましょう。
そこここに密に存在する「美」を美しいと感じ取れる感性は、
意識してこそ育ちます。
前回のサロンセミナー「みんなつながっている」から発展したプログラムは、
いまのみなさんが求めるところとしっかりつながっているように思います。
ご興味のある方はお問い合わせ下さい。
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「吉元由美のLIFE ARTIST」
サロン2期生4月29日より応募受付開始!
自分を高めていくことが、人生をより輝かせる。
吉元由美のLIFE ARTISTでは「魂が喜ぶように生きよう」という
テーマをさらに深めると共に、人生のアーティストである私たちの
美意識を高めていくためのプログラムをご用意しました。
■日程例 (全6回。一部ご紹介です)
1)5月26日(土) 9:30-12:30
心を強運体質にする~幸せ感が「奇跡」を引き寄せる
2)6月 3日(日)13:30-16:30
『もうひとりの自分』に声を聞く~みんな宇宙に愛されている
3)6月30日(土)13:30-16:30
夢のメッセージを人生に活かす~『夢は変容の種火である』
■詳細は是非、下記URLからご覧ください(URLを1回クリックしてください)
パソコン用URL https://ws.formzu.net/fgen/S70160146/
携帯電話用URL https://ws.formzu.net/mfgen/S70160146/
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「吉元由美の言葉のコンサート」Vol.1 【残席5名】
私たちは人生のアーティスト ~心が進化すると、人生は変わる~
生きるとは、自分を表現していくこと。
今、この瞬間の輝きが、私たちの明日を、そして人生を創っていきます。
第一回目の「言葉のコンサート」では、すばらしいアーティストである自分との出会いをお送りします。
日時:5月19日(土)午後2時~
場所:自由が丘 ソフィアホール
http://www.sophia-jp.com/studio/rent_hall/map.htm
参加費:無料
定員:30名(先着順)
お申込:
パソコン用フォームURL https://ws.formzu.net/fgen/S20552104/
携帯電話用フォームURL https://ws.formzu.net/mfgen/S20552104/
※ご参加には事前登録が必要です。当日直接のご来場は固くお断りいたします。
運営会社:フィーノ株式会社 お問い合わせ:salon@yylifeartist.jp
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◯坂内慶子ワークショップ
☆5月12日10時から11時半は天の鳥船庵のオープンクラスです。
ご予約先:bannai-info@dream-bannnai.com
☆5月19日11時から13時は吉祥寺オープンハーツのオープンクラスです。
ご予約先:master@open-hearts.net
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人生の選択
以前長くアシスタントをしてくれた方が、
再びわたしのもとで夢の勉強をしています。
去年の3・11から派生した環境の変化で、大きな決断を迫られたのです。
大事な大事な問題が起こったのですが、
その決断を下せずやって来ました。
ご伴侶はとてもユニークなしっかりした女性で、
夫に、自分ひとりで自分の人生を自立した人間として決断出来るようでいて欲しいと、
望まれています。
こんな表現を使うと誤解されそうですが、
彼女の考えるその内容はかなりグレードの高いものです。
長く結婚生活を送られている方には、
この辺のところをご理解いただけるかもしれません。
多く日本男性はこうした問題を抱えています。
しかしそれを課題と認識するには、
妻の側に高い見識があってこそとなります。
問題の核は、物質的な問題ではなく精神的な意味のひとりだちです。
ふって湧いたように、
自分の趣味の語学が呼び込んだ不安定な海外生活のチャンスが訪れました。
独り立ちするにはもってこいの話です。
長いこと随分悩んでいました。
わたしたちは彼の足踏みをそばでじっと見つめていました。
その間彼に取って意外だったのは、
身近の誰もがこの案に反対しなかったことのようです。
誰かが強く反対してくれれば、
思いとどまったでしょうか。
紆余曲折ののち海外生活を選び取った彼は、
自分が最も得意なその語学で、
わたしたちに旅立ちの挨拶をしてくれました。
わたしたちは彼の趣味を知ってはいましたが、
どれほどのものかを知らずにいました。
それに理解する力もありませんでしたが、
その彼の挨拶を聞いて、
これこそ彼がやりたいことだったと心底思ったものです。
彼は安定して誇らしげで、楽しげでしあわせそうでした。
何であんなに彼が悩んだのだろうと、
その方がいぶかしいような。
立って挨拶をする彼は自信に溢れていました。
そして彼は桜の開花を待って飛び立ちました。
人生は選択だと言います。
この言葉に嘘はありません。
しかし自分を振り返ってみると、
決断を下す時、
最早そこに二者択一の選択はありませんでした。
ドリームセラピストとしてデビューするか、しないか?
わたしにこの選択はあっただろうか?
ドリームセラピストの自分を想像するとワクワクするのです。
だからわたしの気持ちは、「ドリームセラピストしかない!」でした。
ドリームセラピストになったら、
どんなに楽しいだろう。
夢を語ることが一番楽しいのだから、
それを仕事に出来るなんて、楽しいだろうなと。
その楽しさに自分をどっぷり浸からせてみたい。
そんな体験無しにこの人生を終わらせるのはもったいない。
当然やってみれば諸々の雑事に苦労はつきものです。
でも、魂が喜ぶ道を歩めるのだから。
歩むのだから。
その感動で新しい扉を開けただけです。
それがわたしの財産です。
夢への理解度なんて、実は財産でもなんでもない。
わたしはそう思っています。
その後無収入が長く続きました。
だから、この世的に云えば、この決断は間違いなのでしょう。
いまもこうして夢の話が出来る毎日を過ごし、
現実では成功とは云えないけれど、
魂が喜ぶ決断を下した体験は魂の財産で、
あの世に持って行かれるものだと、
わたしは思っています。
人生の選択とは感動を自分に赦すかどうか、
それのみだとわたしはいまのところ考えています。
吉田至叶人氏のアートセラピーインストラクターコース
昨日一昨日は、
吉田至叶人氏によるアートセラピーインストラクターコースを、
ここ天の鳥船庵で開きました。
受講生8名。
結論は、
吉田氏にこの「アートセラピーインストラクターコース in 天の鳥船庵」を、
年二回開いていただくことでした。
何よりわたし自身が、
吉田氏のファシリテーター振りを拝見し多くの気付きを得ました。
何事もそうですが、
人様の為にとはじめてみても、
終わってみれば結局のところ、
自分の為にやったと気付くものです。
それに気付いてこそ、達成感や満足感が得られます。
今回も恩恵はたくさんありました。
受講生はこれまでのわたしの受講生が半分。
初対面の方は4名でした。
全ては在るべきようではじまるという、
確たる信頼はあります。
とはいえ、それにしても、
パートナー選びも、
その後の話の展開も、
絵に描かれた事象も、
全て無駄がないのは勿論、
よくもここまでと、
深い深いところで納得出来るハプニングが、
目白押しでした。
みなさんよく笑いました。
そしてよく泣きました。
ワークショップではいつもの事ですけれど、
毎回新鮮です。
ところで、わたしにとっては初対面の方で、
吉田氏のアートセラピーインストラクターコースは三度目という方もおられました。
既にアートセラピーはとっくに勉強されている方です。
それも泊まりがけの遠方の方です。
これひとつとっても、
吉田氏のファシリテーターがどれほどのものかお分りいただけるでしょう。
吉田氏が男性であってくれて幸いです。
わたしのもとでドリームセラピーを学ばれる方にも、
男性の言葉は違った意味を持ちます。
わたしでは伝え難い事も、
吉田氏を通せば素直に心に入る事もあるでしょう。
ファシリテーターも個性や持ち味があって通用するものです。
嘗てはわたしのもとで勉強して下さった方が、
後年わたしを含めて受講生をファシリテートして下さる!
滅多にない幸運です。
いえ、わたしだけの幸せかもしれません。
次回は10月か11月を考えています。
席には限りがあります。
ご希望の方は前もってお知らせください。
絵を通して自分が何者かを知る。
これが吉田至叶人氏のアートセラピーインストラクターコースです。
最後に、
今回アートセラピーインストラクターコース in 天の鳥船庵にご出席くださったみなさま、
ありがとうございました。
お陰さまでみなさん元気になって帰られる姿を見送る事ができました。
そこで、少々わたしの思いをお伝えします。
どうぞ、ここでの体験を、
しばらく味わい直して下さいね。
美味しいご馳走を思い出すときのように。
ここで体験した活き活きした気持ちを繰り返し思い出しながら、
この世の日々に漕ぎだして下さい。
この世の事は夢のまた夢。
思いのたけ人生の次のページを楽しんで下さい。
さて、第一日目の一昨日は雨でした。
降り止まない雨なのに、
近くで磯ヒヨドリが二羽競うようにさえずっていました。
そしてきれいに晴れた昨日も。
わたしに気付きと勇気を促す時、
磯ヒヨドリはいつも鳴きます。
不思議に複雑で美しい鳴き声です。
いまも鳴いています。
いまの鳴き声は、
ほっとさせてくれる鳴き声です。
今後にどう対処しましょうか
夢は、夢を見る人の全人格をひとつの夢に盛り込めるものですから、
夢をおいそれと他人様に話せません。
話してしまえば、心の中が丸見えです。
それに夢は予知的機能を備えていますから、
個人を通して日本の今後についての示唆はかなりはっきり語ってきます。
それはとりもなおさず、
わたしたちの今後を社会の動向に会わせて具体的に示唆している訳です。
という訳で、
みなさんの数々の夢から今後どう生きるか、
それをわたしなりに考えたその結果をお話しましょう。
この経済機構の破綻は避けることができないようです。
この社会が瓦解していくことも多くの夢は語っています。
そのはじまりであった去年の震災からは誰もが身構えて生きています。
これからはお財布に少し多めにお金を入れておいて下さい。
銀行からお金が引き出せない日に備えて。
大金が必要になる買い物はもうしないことです。
それから自分の為でなく袖振り合う人の為に少しの備蓄をしましょう。
傷ついて難儀している人にしばしの憩いと安心を提供出来る為です。
生き続けるのは選択です。
心の内に「生きる」を語りかけましょう。
お話したように貨幣は通用しなくなるように夢からは感じられますが、
このお金が通用しなくなるという体験が必要なのは、
わたしたち自身の心に巣食う他人との比較です。
他人と較べて自分を見ること。
上下で考える癖と投資の弊害は同じことです。
比較という心理作用から自由になる為に、現在の経済システムが瓦解します。
これは仕方の無いこと、招いたことです。
競争意識がその基なのですから。
誰もが自分の中に他に比較出来ない光りがあると自覚出来たとき、
大きく次元が変わるでしょう。
実は、まぎれもない美しい世界が直ぐ際迄来ていると、多くの夢が語ります。
共にあることが美しいと多くの人が気付いてきました。
足の不都合から学んだこと
これまでの半年、膝から下の不都合が続きました。
こうしてこれを記事にできる日が来るとは、
ちょっと思えない心境でしたが、
どうやらここに来て、
過去のことになりそうな光明が見えてきました。
はじまりは去年の10月1日。
セッションルームにしている部屋の外階段を下りるとき、
両足が曲がらない!
そのときは何気無い風を装って、
いつもを演技したものの、
朝目が覚めて布団から立ち上がるとき、
膝頭の痛いこと痛いこと。
あまりのことにこの痛みは生涯続くものと覚悟を決めたほどでした。
それから半年。
毎晩夫に両足のマッサージを40分程してもらっています。
これ以上は力を抜けないという程ソフトにソフトに。
一、二本の指先だけで。
弱った両膝のすじを下から上へ。
ふくらはぎから太ももへ、と。
ちょっとでも力を入れると痛いのです。
幸いピーナッツオイルが効いてくれました。
面白いことにこれをしている間、
夫は眠くなるそうで。
まだ、膝の痛みが中くらいに残っている頃の、
一月、松の内が開けた頃のことです。
後から考えると、
炬燵周りの布団の上を不用心に何気に駆け回っていて、
するりと足を着地させたのでした。
どこから?
布団に隠れた固いクッションの上から。
バランスを取っていつものように何事も無く。。。。。
のはずでしたが。
時間とともに、右足の甲が腫れてじわりと痛みます。
薬屋さんで調達した薬では効き目が無いのだと分る迄、
二、三日、
往生の悪い日々を過ごし、
決意して救急外来に駆け込んだ結果は、捻挫でした。
この診断が出る迄、
さらに数日、レントゲンにMRI検査にと過ごし、
骨折でなくて良かったと周りに云われ。。。。。
この捻挫の前、
去年の暮、
吐き気におそわれました。
諏訪一大事と救急外来に駆け込み、
運良く?
胃腸の風邪と医師にいわれたことがあります。
二度に渡る救急で、
夫のご機嫌は最悪!
彼の言分は「こんな緊張には耐えられない!」と。
で、性懲りのないわたしはこれで収まらず、
少し良くなった捻挫に気を良くして、
一月末またまた炬燵布団の上を飛び跳ねたのでした。
結果はふた晩も寝られない痛みのしっぺ返し。
さすがに、
この足の不自由さから、
わたしが正確なメッセージを受け取れていないのだと悟りました。
夢の専門家ですから、
当然夢のメッセージを考えますが、それだけでなく、
生活内からも受け取るべきものは何かをあれこれ考えました。
長引く症状からは受け取れてないことだけははっきりしたものの、
考えつくのは、胸に落ちて行かないものばかりでした。
さて、症状に見舞われる前の9月、
よせば良いのに、裏山の獣道の掃除に取りかかりました。
それが膝のスジを痛める原因だったようで、微かに記憶があります。
(掃除の最中に膝を支点に不自然な動作をしたのです。)
津波に襲われたら、
逃げられるように。
近所の方々も誘えるようにと雑草を取り除きたかったのです。
どうやら余計なおせっかいだったようで。
今回捻挫しなかったら、
蔦の絡まる不安定な山の裾を、
きれいにしようと更に計画したでしょう。
がれきや蔦の根に足を取られて捻挫では済まない骨折もあり得る作業です。
これもわたしのすることではなかったようで。。。。。
去年ははじめて自分で仕事を計画し、
それを実行しました。
まさにこれがわたしの天職。
分をわきまえず、
自分に任されていないところへ手を出したおしかりなのだと、
今回の不自由を通して、天意を知らされた思いです。
誰にも頼らず、
自分の足で、
棺桶に入るくらいの気概を持って、
この人生を終えるには、
これくらいのお叱りですんでほっとすべきでしょう。か。
いまは、やりたいことが明確です。
「志半ばでこの人生を終えることの無いように。
足元を確認して、前進する。」
身体あっての体験です。
これは、象徴的なメッセージではなく、
具体的現実的なメッセージです。
夢のメッセージは本来これほど迄に具体的です。
それにつけても、自分の鈍感にあきれます。
この半年、夢はからかうように空に浮かんで、
得意になっている夢が続きました。
メッセージは「地に足付けて」と大まかには取れるものの、
自分で自分に正確に直面する迄には気付なかったことになります。
子供の頃の大病と、
これ迄の人生は毎日が疲労困憊状態でしたから、
この「自分の足で棺桶に」という意に込められた、
志を貫く時間が与えられていることに、
これこそが奇跡だと感慨深いです。
さて、これに関したわたしの夢に明晰夢はありません。
それほど迄にこのメッセージは、
実際を通して体験的に、
受け取る必要があったのだと思います。









